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2018年6月17日 (日)

そう言えば、父の日

 そう言えば、今日は父の日。私の父が亡くなって10年(家内の父は50年前に亡くなっている)たつので、父の日を覚えて何かをするということも無くなっていた。それに、母の日のついでに父の日があるようなものだから(ちょっと言い過ぎか!)、父の日が第二週だろうと第三週だろうと、最近は殆ど無関心になってきていた。そういうこともあって母の日が5月第二週なので、「父の日は6月第二週」と無意識に思い込んでいた。だから「何事も無い」ままに6月第二週が過ぎ、すっかり父の日のことを忘れていたところに、次男夫妻から「父の日ギフト」が届いた。「父の日は6月第三週だった!」と思い返した次第。
 そう言えば、なぜ6月第三週が父の日になったのだろう。それは1909年、アメリカのソノラ・スマート・ドットという女性の提唱から始まった。彼女の父が南北戦争に行き、その間、母が6人の子どもたちを育てたが、父が復員して直ぐに母は過労で亡くなってしまう。その後、父は子どもたちが成人するまで育て亡くなった。当時、すでに母の日は始まっていたので、「母の日のように父に感謝する日」をと嘆願して、父の誕生月である6月に行うようになったのだという。ただし、父の日が記念日と正式になったのは1972年、1947年に記念日となった母の日から4半世紀後のことであった。やはり父の日は「ついでに」制定された感が強い気がするが…。
 「そう言えば、イエス様はこんなことをしてくださった、こんなことを教えてくださった。」福音書が未だ書かれる前に、人々の間ではそのような会話が至る所で交わされていたのではないだろうか。それが書き記され、福音書として整えられるまで半世紀の年月が必要であったし、イエス様の出来事を福音として信ずる教会がローマ帝国に認められるまでは約300年を要しているのである。初期の頃からキリスト教信仰はゆっくり、しかし確実に成長していったのである。だからこそ私たちが「そう言えば、今日は日曜日。礼拝に行こう。」そんな朝を迎えても、少しも悪びれることはないと思うのだが。
 今は「そう言えば、今日は父の日」であって良い。その内、きっと母の日よりも盛大にお祝いしてもらえる日が来るに違いない。ただし、その時私は神様の許で、父の日を気にしないで寛いでいることだろうが……。

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