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2018年5月27日 (日)

私は私

 日大アメフト部の「悪質タックル問題」で、選手が一人で釈明会見を行なった。親目線で彼の会見を聞きながら、涙一つこぼさず(こらえて?)丁寧に、そして誠実に答える姿に、見ていた私の方が涙してしまう思いだった。犯してしまった彼の罪は重いが、ルール違反のタックルをしたのは「自分が弱かったから」とだけ応えていた。しかし、監督・コーチの命令は絶対という環境の中で命令を拒否できなかったのは、彼の弱さだったからなのだろうか。
 1963年、米イェール大の心理学者ミルグラムは「権威の下にある一般人の服従の心理」について実験した。被験者はクジで教師役と生徒役に分けられ、学習における罰の効果を見るための実験だと説明されたが、実際は被験者が必ず教師役になるように仕掛けられており、生徒役となるのは実験協力者であった。教師役となった被験者は、最小電圧15Vから最大450Vまでの電気ショックを与える30個のボタンの前に座らされ、別の部屋にいる生徒に単語の問題を出す。役者である生徒は“台本通り”わざと間違え、15Vずつ電圧が上がるスイッチを教師役に押させていく。電圧が高くなってくると、あらかじめ録音されていた、とても演技とは思えない生徒の絶叫が響き渡る(実際には電気ショックは与えられていない)。ここで被験者が躊躇すると、白衣を着た男が「続行して下さい」と実験を促す。この実験で被験者が最後までボタンを押す確率は、65パーセントに達した。1974年以降、ミルグラムはボタンの数を30個から10個に減らして実験を続けたが、結果は85パーセントにまで上昇した。(HP「WIRED:ミルグラム効果」より)倫理観や道徳観といったものでは、人間の心は強くなれないということなのかもしれない。
 「全能の神」と私たちは告白する。神は人を創造されたとき、エデンの園における自由を与えられた、「園の中央の木の実を食べてはいけない」ということ以外は。私を「私」と認め、奴隷のように従わせることはなさらなかった。だからこそ私たちは、自らの意志と聖霊の助けをいただいて、神を信じ従うのである。
 日大の彼は「弱かった」のではない。真面目な普通の人間だったに過ぎない。だからこそ監督の命令に逆らえなかったのだ。彼がこれ以上自分を責めることがないように周囲が支えてあげてほしいと願っている。

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