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2018年4月15日 (日)

ワーキングメモリー

 最近、度忘れすることが多い気がする。言葉が出てこない、名前を思い出せない、その日の予定を忘れてしまう。内心では「こんなはずではない!」と、もどかしく思う自分もあるし、「認知症が始まったか」と危惧する自分もいる。どちらにせよ「もう若くないんだから仕方ない」と結論付けて、考えないことにしているのが今の私にほかならない。
 「認知心理学では『ワーキングメモリー』という構成概念が用いられている。脳の前頭前野の働きの一つであって、作業や動作に必要な情報を一時的に記憶し処理する能力で、私たちの行動や判断に影響しているものだ。その役割は、入ってきた情報を脳内にメモ書きし、どの情報に対応すればよいのか整理し、不要な情報は削除することである。例えば、私たちが会話ができるのは、相手の話を一時的に覚えて(記憶)、話の内容から相手の意図をくみ取り(整理)、話の展開に従って前の情報をどんどん忘れる(削除)という作業を無意識に行っているからであり、このような情報処理の流れは、読み書き、運動、学習等、日常における様々な活動に関わっている。」(以上HP「りたりこ発達ナビ」より引用)このことから言えば、私の場合は「入ってきた情報の整理がうまく出来ず、必要な情報まで削除するようになってしまっている」状態と言えるのかもしれない。
 福音書が書かれたのはイエスの復活後30年程たってからである。(それ以前に書かれたものもあるのかもしれないが、発見されるには至っていない。)誰かのメモ書きを参考にして書いたものでもないだろうし、口頭で伝えられていたことや人々の記憶の中にあるものがまとめられたものである。その際、人々の脳の「ワーキングメモリー」にあるものが書かれまとめられていったと想像することはできる。刻まれた「主が語ってくださったこと、主が行われたこと、何よりも私に向けてくださった優しい眼差し」が、復活後に繰り返し語られていくことによって「福音」として整理され、文書に残されていったと考えることができる。だから脳の「ワーキングメモリー」の働き無くしては福音書もなかったのではないだろうか。
 これからも更に「整理できず、削除してしまう」私なのだろうけど、必要なものを削除しないよう前頭前野を鍛えたいが、その方法はないという。困ったものだ。

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