« 「寄り添う」 | トップページ | 思い届かず・・・だが »

2018年3月 4日 (日)

イタイのイタイのとんでいけ~

 呪い(まじない)だと思っていた、「イタイのイタイのとんでいけ~」って!
 50年前、二人の学者が、痛みのメカニズムについて「痛みをコントロールするゲートがある」ことを説いた。ゲートコントロール理論と称され、痛みの研究に新しい時代を開いたと言われている。「体の部位への刺激は神経を通り、途中のT細胞を促進させて脳に痛みを伝達する。神経には抑制介在ニュートロン(神経)があり、太い神経を刺激すると抑制ニュートロンが促進され、T細胞は痛みを抑制して脳に伝達し、逆に細い神経を刺激すると抑制ニュートロンは抑えられてしまい、T細胞は痛みを増幅して脳に伝達する」というものである。電気治療はこれを利用し、痛い部分を刺激することで抑制介在ニュートロンを促進させ、T細胞というゲートが「痛くないぞ~」と伝えさせるようにしているということになる。だから、「イタイのイタイのとんでいけ~」と言いつつ擦ってあげることは、言葉で心が和み、擦られることで神経が抑制されるという、実に理に適った対処法なのだ!
 ユダの手引きがあって大祭司の配下の者たちがイエスを捕らえようとやって来た。イエスの周りにいたある者が、大祭司の手下に打ちかかり、右の耳を切り落とした時、イエスは「やめなさい。」と言われ、耳に触れていやされた。(ルカ22:47以下)どんな癒しをされたのだろうかと思っていた。不思議な力を発揮して耳を元通りにしてあげたとすれば、「奇跡」として弟子たちは記憶し聖書にも書き残しただろう。もしかしたら奇跡に驚いた群衆は「十字架につけろ」などと騒ぐこともなかったかもしれない。しかしそのようなことは起こらなかった。イエスは「触れた」だけであった。まさかその時、「イタイのイタイのとんでいけ」と言われたとは思わないが、少なくともイエスが触れてくださったことで痛みは和らいだはずである。だから聖書には「いやされた」とだけ記されているのではないだろうか。
 母が亡くなって間もなく一年になる。共稼ぎの姉夫婦の子どもたちを母は良く預かっていたが、たまに帰省した時に、「イタイのイタイのとんでいけ~」と言って孫を擦ってやっていたことを思い出す。私自身は母からそのようにしてもらった記憶はないが、私にも「イタイのイタイのとんでいけ~」と言いながら擦ってくれたかどうか、天国に行ったら聞いてみよう!

« 「寄り添う」 | トップページ | 思い届かず・・・だが »

真間川のほとりで」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 「寄り添う」 | トップページ | 思い届かず・・・だが »