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2017年11月 5日 (日)

争いから交わりへ

 二年程前、カトリック系のキリスト教用品店で赤色の聖壇布を購入した際、店員のシスターに尋ねられた、「赤はいつお使いになるのですか?」と。「主日ですとペンテコステと宗教改革日ですよね。それと・・」と言いかけた時、シスターに「宗教改革日って何ですか?」と聞き返され、思わず言葉を失った私。半世紀前に始まったルーテル教会とカトリック教会の対話から、2013年には共同の「争いから交わりへ」という文書が出されたことを、日本のルーテル教会全体が大きな喜びをもって迎えたように記憶している。そこには「2017年、ルーテル教会とカトリック教会は、宗教改革を共同で記念するという前例のない取り組みを、世界レベルでも地域レベルでも行おうとしています」というカトリックの大司教の推薦の辞さえ記されているのだが、その文書から数年たっても「宗教改革」という出来事は、カトリック内ではまだまだ周知されていなかったということだろう。あれから二年、2017年となった今年、あのお店のシスターにも「宗教改革日」を受け入れていただいているだろうか。
 11月23日、ルーテルとカトリック合同礼拝が行われる。エフェソ書には次のように記されている、「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、ご自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、(中略)両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました」(2:14?16)と。確かに聖書の言葉の実現をみることができる。しかしまた、この言葉が語られていたにも関わらず長い「争い」の歴史があり実現してこなかったということも事実である。もっと遡れば、この言葉が語られた時から地上で敵意が滅ぼされたことはなかったし、今も敵意を敢えて造ろうとする動きは絶えない。それでも私は11月23日の出来事を心から喜びたい。「立場が異なる者の間の分断が世界各地で広がるなか、和解への道はあり得ることを示す一筋の光のようだ」と先日の朝日新聞がこの行事を取り上げた記事の中にあった。その通りだと思う。キリストの出来事は、地上における和解の「始まり」であって「完成」ではないからだ。和解への一筋の光が、更に大きな光となることを祈るために、11月23日の合同礼拝に私は牧師として参列したいと思う。
 新聞の表題は「カトリック教会・ルーテル教会 共同で行事」とあったが、ルーテル教会を先にしてと願うことは、争いの種を蒔くだけか……この意見撤回!

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