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2017年4月 2日 (日)

帰る場所

 3月23日午前6時頃、私の母が亡くなった。89歳であった。その日、朝から千葉の会議に出席していた。昼前、携帯にメール着信の音があったが会議を続け、しばらくして休憩に入ったのでメールを確認した。弟からであった。「兄さんへ、姉さんよりお母さんがなくなったと連絡ありました。」目に入った文章の意味が良く分からず、席をたって廊下で見直した。「亡くなった」という文意は理解したが、頭の中が真っ白になり思考が一瞬停止したような状態になった。少し気を落ち着かせ、弟に連絡すると、「朝方、近所の方が声を掛けてくださったが返事がないので中に入ってみると、床の間で吐血して倒れていた。医者を呼んだが、既に息を引き取っていて亡くなったことが確認された。」ということであった。
 急遽実家に帰宅し、姉から詳細な状況を聞いた。三日前に来た時は、少し弱っていたものの元気だったこと、吐血は居間とトイレにもあったこと、発見した方が体に触れると未だ温もりがあったこと、検視のために警察が来て調べたこと、死因は消化器からの多量な出血による窒息死であること等を知らされた。兄弟三人で相談し、葬儀は翌日早朝、私が司式して家族だけで行うことを決めた。翌朝の葬儀には聞きつけた近所の方二十名弱の方が参列してくださり、生前の母の日常の一部を垣間見ることができた。地上の最後の営みをしてあげたことが、親不孝な私にはせめてもの慰めとなった。
 火葬後に弟が「この家が無くなると、なかなか会えなくなるね」と一言。父と二 人で建てた家だが、建てた時には私は既に家を出ていた。それでも私にとっては大切な実家。母は父が亡くなってからも一人で住み続け、私たち兄弟の帰りをいつも待ってくれていた。母が亡くなった今、我々兄弟が会える場所も同時に無くなった。
 「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない。」(マタイ8:20)弟子たちに宣教の覚悟を求められた言葉だが、家を失った人々に「枕する所はなくても天にはあなたの住まいがある」とも語ってくださっているのかもしれないと、実家を失おうとする今、そんな言葉が心に聞こえてくる。
 実家は隣家の方が買い取る希望を知らせてくださった。もう私に帰る家はないが、私たち夫婦の家が子どもたちの「帰る場所」になればそれで良いのだと思う。

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