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2017年4月16日 (日)

伝える

 シリアが化学兵器を使用したと断定した米軍は、シリアの空軍基地に向かって多数の巡航ミサイルによって攻撃した。そしてこれを日本の指導者は、いち早く支持の表明を行った。浅はかな行為の連鎖と見えて仕方ない。どのような化学兵器が誰によって使用されたのかを断定するための確証はあるのだろうか。人権が侵害されたと非難しつつ反撃をすることは、本当に人権擁護の姿勢なのか。米国の発表を支持するために独自の調査を我が国は行ったのだろうか。大国米国の情報を鵜呑みにし、追従しているだけではないのか。次々と疑問が湧いて仕方ない。
 2003年のイラク戦争と同じ状況だとある評論家は言う。イラクに大量破壊兵器が見つかり、クウェートでは住民への虐殺や略奪がなされている。そして決定的な一人の少女の証言が伝えられ、米国はイラクへの攻撃を開始した。当時の大統領も度々引用した証言は「ボランティアをしていた病院にイラク兵がやってきて、保育器から新生児を取り出し床に放置し死なせ、保育器は奪い取っていった。」というのもであった。しかし戦争終結後、イラクから大量兵器は見つからず情報はアメリカの諜報機関のねつ造であったこと、少女はクウェート駐米大使の娘で偽の証言であったことも発覚している。第二次大戦中、ウソで塗り固められた大本営発表を信じ込まされた歴史を知っている我が国なのに、あの教訓を活かすことなく再び真偽が明確でない情報によって方針を決めてしまうというのでは、余りにも無策としか思えない。伝えられていることの確かさは、自分たちで確証する姿勢が必要ではなかろうか。
 週の初めの日、イエスが葬られた墓が空になっていることを告げられたペトロともう一人の弟子は、墓に確かめに走った。墓は空になっており、イエスの死体は確かにどこにもなかったが、復活したイエスが閉じこもっていた彼らに会いに来てくださった。彼らの喜びは大きく、その後の自らの人生を捧げることとなったが、それは教会を作るためではなく、聖書という書物を書き記すためでもなく、彼らが確かめた「キリストの福音」を伝えるためであったことはいうまでもない。
 私たちは地上に降りて働かれたイエスに出会うことは出来ないが、聖書に記され弟子たちが見聞きし確認したキリストの出来事を私たちも伝えている、今もそしてこれからも。

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