« あなたは悪くない | トップページ | 進歩 »

2017年3月 5日 (日)

チラシ配り

 玄関のチャイムが鳴りドアを開けると、若い男性が立っていた。「スミマセン、リサイクルショップの者ですが。」その言葉を聞いた瞬間、「我が家に使用していない品物でも探しにきたのだろうか?」と思った。彼は「チラシをポストに入れても良いでしょうか?」と言葉を続けた。思わず「えっ?」と言うと、「ポストにチラシを入れるなと言われる方があるので伺っているんです。」ということであった。「良いですよ。」と応えると、彼はポストの方に戻っていった。目の前の私にチラシを手渡せば済んだのではないかと後で思ったのだが、彼の誠実さの故なのだと、むしろほのぼのとした気持ちをいただけたことに感謝しよう。
 「チラシ配り」と聞くと、学生の頃に市川教会で行っていたそれを思い出す。当時、古財先生が月に一回、近隣のマンションやアパートに住む人に向けて、教会の案内を配っておられた。この地域が学生の街であり、若い人が多いということが念頭にあったからだろう。当時はマンションやアパートへの出入りも、さほど厳しくなかった時代でもあったから、早朝にチラシを握りしめ、マンションやアパートに限らず全ての家のポストに配って回ることも可能だった。その頃の私は学校のある三鷹の寮に住んでいたので、前日の夕方に市川に来て、会堂の集会室に泊めていただいての作業であったことを懐かしく思い出す。ポストにチラシが入っていたことへの苦情もなかったと記憶している。早朝のチラシ配りは、2000年に赴任した時には既に行われていなかったが、バザーやコンサートの案内をポストに配っていたのは、かつての名残だろうか。現在はバザーもコンサートも定着したこともあるし、ネットなどの手段が増えたこともあって行っていないが、チラシであろうとネットであろうと、時代に合わせた宣教の手段を考えることは、伝道の基本であろう。
 ルターの宗教改革を支えたのは民衆であったが、その理由はルターの主張を多くの人々が手にとって読むことができたということであろう。1450年にグーテンベルグによって発明された印刷機が、人々の知識欲を満し、情報が素早く伝わるようになった。ルターの主張するところも次々と出版され、人々の支持を得るようになったのであった。福音は時には言葉で、時には1枚の印刷物で、時には寄り添う心でこれからも伝えられていくことだろう。

« あなたは悪くない | トップページ | 進歩 »

真間川のほとりで」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« あなたは悪くない | トップページ | 進歩 »