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2017年1月 1日 (日)

未来志向

 謹賀新年。今年もどうぞ宜しくお願いします。
 元旦の前日は、大晦日。「晦日」は本来「三十日」とも書き、月の三十番目を意味していたことから転じて「月の終わり」を意味するようになり、一年の月の最終日ということで「大晦日」となったという。その日の深夜、寺で突かれる除夜の鐘は煩悩を取り除いて清らかな心で元旦を迎えようと「除夜の鐘」がつかれる。新しい気持ちで新年を迎えようという気持ちは、いつの時代でも変わらぬものと思える。
 先日真珠湾を訪問した首相のことが大きく報道された。過去に現職首相が真珠湾を訪問したことは三度あるが、真珠湾攻撃を記録したアリゾナ記念館が1962年に建設されてからは初めてだという。過去の首相たちが何を語りどのように評価されたのか今は知る由もないが、今回の訪問は総じて好意的に受け入れられていると報道されている。そんな中、次のような記事も目に止まった。「真珠湾を訪れた安倍晋三首相は、対米開戦へ突き進んだ判断について語らずじまいだった。中国や韓国、アジア太平洋各国への言及もなかった。語られない大切なことが多すぎるように思えた。『和解』や『未来』といった心地よい言葉で過去を覆い隠していいはずがない。何を記憶して、どんな教訓を引き出すのか。戦後を生きる私たちに問われている。」(朝日新聞「天声人語」)清々しい気持ちで未来に向かいたいと誰しもが思う。互いを理解し、和解の道を歩みたいと思う。そのためには、どうしたらよいのか。かつて江戸時代の町人は新しい年を迎えたいと借金返済に奔走したというがそれは至極当然のことであって、現代を生きる者にとっても何も変わらない。和解のためには過去に真摯に向き合ったかが問われるし、平和のためには武器を捨てるという勇気が必要になる。過去を隠した未来志向は独断と傲慢しか生み出さないし、再び過去の過ちを起こすことにもなりかねない。清々しい新年、未来を迎えるための歩みがなされることを祈りたい。
 宗教改革から500年の節目を迎える今年。聖書という永遠の真理からルターは「恵みのみ、信仰のみ」の真理を受け取った。500年を経ても変わらぬ真理であることをしっかりと確認し、その上で新たな500年に向けた第一歩を記したい。
 良いお年になりますように祈っています。

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