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2017年1月22日 (日)

神の名を唱える

 「私は合衆国大統領の職務を忠実に遂行し、全力を尽くして合衆国憲法を保全し、保護し、擁護することを厳粛に誓う(または確約する)」これがアメリカの大統領に就任した際に語られる。新しいアメリカ大統領も、最高裁判所長官が語る前述の言葉を繰り返して誓いを述べた。その際、彼は夫人の手に載せられた2冊の聖書(リンカーン大統領が使用した聖書と母親からもらったという聖書)の上に左手を載せて誓っていた。いつから始まったのかは調べることができなかったが、100年以上前からの慣例となっている。自らも「キリスト教徒だ」という新大統領が、その行為を行ったのも自然なことかもしれない。しかしその一方、彼の発言内容は聖書に親しんでいる人とはとても信じられないようなものが多くある。詳細を検証することはしないが、アメリカで政治的影響力をもつ「キリスト教保守派」の人々の支持を取り込むための戦略ではないかとも言われている。
 「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない。」(出エジプト20:7)十戒の第二戒である。ルターは小教理問答の解説において次のように述べている。「わたしたちは神を畏れ、愛するのだ。だから私たちはそのみ名をもって呪ったり、誓ったり、偽ったり、騙したりしないで、かえってすべての困窮の中でそのみ名を呼び求め、祈り、賛美し、感謝するのだよ。」先ず私たちが大切にすべきことは「神と私」という関係を大切にすることである。神の力への信頼と委ねて生きることが求められる。しかし、時として人は神の名を用いて他者を欺き騙すことがある。まして「神の名」が用いられてしまうと、もはや疑問も反論も許されない状況を作ってしまうからこそ、「神の名をみだりに唱える」ことは禁じられているのである。何よりも「神の名によって誓う」ことは、神の替わりに神のように振る舞ってしまう危険性があるのだから、私たちが一番戒めなければならないことだと、牧師である私は思っている。
 アメリカ大統領の一挙手一投足を世界中が注目している、影響力が多大だからだ。「神の名を唱える」のであれば、言葉も行いも弱者の隣人となってほしいと願っている。アメリカの国を通して、世界中に平和がもたらされるように願いつつ!

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