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2017年1月 8日 (日)

顕現日

 1月6日を教会では「顕現日」として祝日としている。異邦人への救いの顕現を祝う日とされている。「東方教会において3世紀頃から始まったもので、初めはキリスト受洗の(時には降誕の)祝日であった。4世紀頃、これが西方教会にはいり、キリスト受洗の意味が失われ、東方の博士が星に導かれてキリストを礼拝しに来たことが中心になってきて、異邦人に対する主の顕現として祝われるようになった。」(キリスト教大事典より) このことからも分かるように、顕現日はキリスト教の宣教が広がる中で、ユダヤ人ではない人々が「救われている」ということを確かなものとするために設けようとした祝日と理解できる。前述の大事典では「東方教会において3世紀頃」とあるが、正式に東方教会が成立したのは1054年にコンスタンティのポリスとローマの総主教が相互に破門した時であるから、「東方の教会」と記すべきであろう。ともあれ、顕現日とは信仰深いシメオンが幼子イエスを神殿で見た時に「異邦人を照らす啓示の光」(ルカ2:32)と讃美したように、キリストの出来事はユダヤの民のみならず全ての人の救いのためなのだということを心に刻む日なのである。
 ところで、東方から来たのは「占星術の学者」(マタイ2:1)、当時は「マギ(μ?γο?)」と呼ばれる天文学者たちであり、彼らは黄金、乳香、没薬を持って来たことから三人であったとされている。7世紀頃になると、王位の象徴として古代から用いられてきた黄金を持って来たのはメルキオールで、王権を象徴し青年の姿を意味するようになった。乳香はバルタザールが持って来たが、乳香樹からとられたそれは崇拝に使われる高価な香料であり、イエス自身が崇拝を受ける存在なのだという意味で神性を象徴している。彼は壮年の姿として描かれる。没薬はミラルとも言われ、本来は死体の腐敗防止剤として塗られるものであった。老人の姿のカスパールが幼子に持ってくることで、将来において世の罪を背負い「神の子」として受難の時を迎えるために生まれたことを象徴している。彼らの捧げものは「宝の箱」であったが、イエスこそ世の人にとってかけがえのない「宝」なのだと顕現日に心に刻みたい。
 最後に三人の博士を最初に祝い始めた「東方の」地は、今も戦禍によって多くの難民が生まれているシリア地方であったということも付け加えておきたい。

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