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2016年11月13日 (日)

記憶を辿る

 幼い頃の記憶を辿る。一番最初の記憶は4歳頃、自宅裏のグランドに来ていた「紙芝居屋さん」のところに行った記憶。誰と行ったかは記憶にないが、紙芝居が終わってオジサンが小箱から出した飴玉を羨ましそうに眺めていた。母は「外で売っているから奇麗じゃない」と飴玉を買うお小遣いをくれなかったからである。つまり私の記憶にあるのは、「飴玉を食べられなかった」という食いしん坊の悔しい記憶ということになる。だからかもしれない、私が子どもたちに甘くてついつい物を買ってあげてしまうことがあるのは。でも、母は厳しかったけれども、いつも子どものことを第一に考え、十分な愛情を注いでくれていたことは、勿論理解しているつもりだ。
 「自分が親になって自分の子どもを見てると、最初の自分の空白の2、3年が、見えてくる。(宇多田ヒカル) 子を育てるなか、子の顔から、『きっと自分もこんな時こんな表情してたんだろうな、親にこうしてもらってたんだろうな』と、まるで霧の向こうを探るように想像するほかないと歌手は言う。」(11月10日朝日新聞「折々のことば」より)辿れない記憶があるが、親になってから心の襞に刻まれた父母の愛情を感じることがある。それこそが実は私たちを元気にする源なのかもしれないと思う。
 私が洗礼を受けたのは1973年の顕現主日であった。受洗の瞬間の記憶は殆どないが、その日の聖餐を頂く直前、長老の方が私の横に来て「さあ、行きましょう」と声を掛けてくださった。「私もここに居ていいんだな」と、とても嬉しかったことはしっかり記憶している。その声は、「あなたが洗礼を受けたことをとても喜んでいるよ」という神様からのものでもあったかもしれない。
 福音書には多くの人々がイエスと出会った様子が記されているが、その後の生涯について記されることはない。彼らはその後どんな生涯を送り、命を終えたのだろうかと思うことがあるが、それは叶わぬこと。しかし、私も同じくイエスと出会った者として言えることは、「彼らも人生の節々でイエスとの出会いの記憶を辿りながら、慰められ励まされつつ豊かな人生を送ったのではなかろうか」と。

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