« 歌 | トップページ | はじめの一歩 »

2016年10月23日 (日)

隠ぺい

 先日、青森県黒石市の写真展で、最高賞の市長賞に選ばれた写真が一転して授賞が取り下げられるというニュースがあった。黒石市の祭りに参加した中2の少女の可愛らしい笑顔を撮ったものだが、この少女が祭りの10日後にいじめを訴える遺書を遺して自殺していたからだ。そのことを承知し遺族にも打診の上、一端決定したのに翌日取り消したという。取り消した理由は「祭りの主旨にふさわしくない」というものであった。ご遺族は「いつも笑顔だった娘が、いじめによって残酷な結果になってしまう恐ろしさを、少しでも知ってほしい」と公表を許可した理由を話しつつ、取り消しの知らせに無念な思いを浮かべつつ語っておられた。
 ところがこのことがニュースで取り上げられるや、「他市が調査中の事案であり、公開されていない氏名や写真を公にしていいのかと思ったので取り消した」と市長は理由を述べた上で、写真の少女の名前が報道で公表されたからと、「改めて市長賞を授賞したい」と取りやめることを撤回して遺族への了承を得て最高賞を授賞したいと発表した。この間、黒石市へは千通を超える批判のメールや電話が届いたとも聞く。不信感を抱いておられた遺族だったが、お嬢さんの遺志を優先し、「いじめをなくす気持ちを多くの人に持ってもらうなら」と快諾したという。(朝日新聞より抜粋)「いじめ」という事態に大人世代がきちんと向き合わず、隠ぺいして事を収めようとする姿勢がこの出来事にも現れていると思えてならないのだが。
 罪を犯した時、悪しき事に出会った時、私たちの心に何が起こるだろうか。「隠せるものなら隠してしまえ」と誘惑の声の囁きに心を動かしてしまう私が居る。しかしそれでは心を重くし、日々の歩みを決して軽やかなものにはしない。神はそれをご存知であって、聖書を通して罪に向き合うことと罪から逃れる道を教えてくださる。それが「罪の告白=懺悔」である。何も無かった、知らなかった、見なかったことにしよう、私には関係ないことにしよう・・・次々に浮かんでくる思い。だが、全てを隠そうとする思いと闘うために神は力を与えようと、私たちが御前に来ることを今日も待っていてくださっている。
 隠すことなく告白することで、人は人として一つ成長するのかもしれない。

« 歌 | トップページ | はじめの一歩 »

真間川のほとりで」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 歌 | トップページ | はじめの一歩 »