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2016年9月 4日 (日)

迷走する

 岩手県に上陸した台風10号は、東北・北海道地方に大きな被害をもたらした。私が13年間住んでいた十勝地方が大きな被害に遭っているニュースを見ながら、親しい交わりをいただいた方々の顔が浮かぶが、個々の状況を伺うことも出来ない今はご無事を祈るだけである。
 この台風が発生したのは、かなり日本に近い所であった。その後、南下して再び北上するという動きや東北地方に上陸するというのも、気象庁が1951年に統計を取り出してから初めてだという。これまでにない予想外の動きに、「迷走台風」とも称された。予想外だったのはこの台風がもたらす被害も同じであった。多くの方が犠牲になった岩泉町の首長は「私はいつも自分の目で確かめてきた。その日も自分で足を運び大丈夫だと判断した直後に、一気に水嵩が増してきた」と、まるで自分には責任がないような釈明をしていたが、「予想外、想定外だからしかたない」という弁解は通じないと思う。東日本大地震で、福島原発事故で、熊本地震で、様々な災害の経験は「自然を相手に想定外は通じない」と学んできた筈だから。迷走したとはいえ大まかな予報は出されていたので、避難という備えを(行政も私たち一般人も)日頃から行っていれば、失われずに済んだ命もあったのではないか。
 聖書には旅する人々が多く登場する。カルデアのウル(現イラク)に住んでいたアブラハムは行く先も知らずに神の約束を信じて出かけた。エジプトの地に400年住んでいたイスラエルの民はモーセに導かれて故郷カナンに向かって出かけたが、シナイ半島の荒野を40年彷徨った。周囲の強国によって征服されたイスラエルは、バビロニア捕囚と呼ばれる辛酸をなめさせられた。それは250年という長い年月に亘る「旅する国」の歴史であった。パウロは当初イエスを信じる者を迫害するために旅をし、やがてイエスを信じる者を求めて旅するようになった。何よりイエスは、十字架(エルサレム)という目的はあったものの、公生涯の全てが「隣人になるための旅」であった。そして今、人生という旅を続ける私たち、時には迷走しているようにしか思えなくても、神は「導きを信じて歩み続けなさい」と聖書を通して語り続けてくださっている。生涯を終える時、迷走人生の至る所で神の導きを思い起こせたら幸いである。

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