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2016年8月 7日 (日)

ここに居る

 スポーツの祭典オリンピックがリオデジャネイロで開幕した。工事の遅れ、治安の悪さ、ジカ熱、ロシアのドーピング問題等、マイナスイメージが付きまとうオリンピックとなってしまったが、選手たちが4年の集大成として安心して競技に専念し、もてる力を全て出し切れるようにと願わずにはいられない。
 そんな中、国や地域を代表する選手が出場することが出来るオリンピックで初めて出場する選手団がある。特別参加の「難民選手団」である。「トップレベルの力がありながら練習環境にない選手たちのために、IOC(国際オリンピック委員会)が特別基金を設立し、今年は10人を選出して結成した。シリアの競泳2選手、コンゴ民主共和国の柔道2選手、南スーダンの陸上5選手、エチオピアの陸上選手の計10選手で結成され、表彰式では五輪賛歌が流される。」選手の一人、コンゴのミセンガ選手は会見でこう語っていた。「とてもうれしいし、すべての難民のために戦いたい。母国には、子供の頃、別れて以来、会っていない兄弟2人がいる。もう顔も覚えていないがブラジルで生きていてオリンピックの舞台に立っていることを知ってほしい、いつの日か再会したい。」と涙ながらに語っていた。(毎日新聞より)
 日本にも中国残留孤児の問題があり「私は誰」と悲痛な叫びを挙げている方々がいる。無国籍のまま「私はここに居る」と声を挙げられずにいる子どもたちがいる。やっと逃れてきた日本なのに受け入れてもらえない「難民」が多数いる。「ここに居るよ」と声を挙げられずにいる人もいれば、挙げても届かずに社会からも見捨てられている人々がいる。声を挙げずとも「ここに居る」ことを受け入れてもらっている私たちに何が出来るのだろうかと自問自答させられるコンゴの選手の訴えである。
 祖国を失うということはどういうことだろうか。人々はその時に、誰に、何を、どのようにして訴えたのだろうか。かつてイスラエルの人々が祖国を追われた時、彼らはひたすら叫び続けた、神に。「主よ、わたしの祈りを聞き 助けを求める叫びに耳を傾けてください。わたしの涙に沈黙していないでください。」(詩編39:13)神こそは「ここに居る」という叫びを聞いてくださる方だと知っているからにほかならない。
 「難民選手団」が必要のない世界になれるよう願ってやまない。

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