« 主をお迎えする | トップページ | 願い、受け付け中 »

2016年7月31日 (日)

はかなさと・・・

 埼玉県秩父市の山梨県境近くの山奥の入川渓谷に森林鉄道跡がある。切り出した木材を運ぶために作られたもので、明治時代の富国強兵と殖産興業政策に伴い敷かれた鉄道である。戦後は復旧のために木材が必要のため日本全国に建設され、多くの需要に応えてきたが、外国材の輸入が増加するに伴い採算が悪化し、また資源が枯渇してきたこともあり山から消えていった。現在も軌道跡が各地に残されているというが「入川軌道跡」もその一つで、現在は遊歩道として利用されている。その軌道跡を、施設の学童キャンプの最中に子どもたちと歩いてきた。
 入川軌道は1948年に敷かれ1970年、つまり46年前まで首都の復興のために木材を供出してきた。現在でもレールの跡が所々残されているものの、大半は土に埋もれ、崖っぷちにぶら下がったままのレールもある。かつての賑わいは想像するのも難しいほどだが、敗戦から立ち上がろうとする人々にここから搬出された木材が希望をもたらしたのだと思うと、少し胸が熱くなる。約700mの軌道跡を歩きながらそんなことを思う一方、ここを通って運ばれ重宝された木材も半世紀を過ぎた今、大半は朽ち果て廃棄されているのではなかろうかとも。意識せずとも「夏草や兵どもが夢の跡」という芭蕉の句が浮かぶ。
 神殿の見事さに驚く弟子たちにイエスは言われた。「これらの大きな建物を見ているのか。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない。」(ヨハネ2:2)人が造り上げる物は永遠ではなくやがて滅びる。朽ち果てないものこそ大切にすべきなのである。栄華を極めたソロモンの神殿も、戦後を支えた森林鉄道も今はない。軌道に僅かに顔を出すレールもやがて土に埋もれてしまうのだろう。はかない人間の営みを自然は時を掛けて全て包み込んでしまうが、その中には当時の人々の希望や喜びが今もきっと息吹いているに違いない。はかない私の人生だが、私が希望をもって生きたことを、そして涙をグッとこらえたことを、神はその御懐にいつまでも抱いてくださることを私は知っている。
 60年前に建てられた会堂の梁、あの軌道で運ばれてきたのかも!

« 主をお迎えする | トップページ | 願い、受け付け中 »

真間川のほとりで」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 主をお迎えする | トップページ | 願い、受け付け中 »