« 危うきもの | トップページ | 奪い合う »

2016年7月10日 (日)

検証する

 EUから離脱を決めたイギリスで、先週、一つの報告書が提出された。2003年のイラク戦争参戦に関する報告書である。「イラクを独裁支配していたフセイン政権は大量破壊兵器の開発し保有している」という情報を大義に、アメリカのブッシュ大統領が侵攻することを決断した。イギリスの当時のブレア首相も「武装解除の平和的な方策を尽くす前に侵攻する必要がある」と判断し、アメリカに追随した。報告書は、「侵攻が認められるとした判断の根拠となるものが不明確であり、政府内で十分に照会することもなく、決定のプロセスが誤りであった」としている。また「侵攻は早計で最終手段ではなかった」つまり間違った判断だったと認定したのである。この報告書には、当時の誤った判断が、今のアルカイダやシリア情勢の泥沼化にもつながっていることも指摘している。検証することの大切さを教えてくれると同時に、検証をしっかりと受け止めることがあってこそ未来が良きものになるのではないかと思えてならない。
 教会で行われる学問は神学である。聖書神学、実践神学、歴史神学など多岐に亙る。それらは更に教義学、倫理学、説教学、典礼学、説教学等々細かく分類され、それぞれに専門とする神学者がいる。しかし、全ての神学は「聖書」に記されたことを検証することなくしては成立しない。例えば日曜日に行われる礼拝は、順序や言葉が聖書のどの箇所を根拠とするのかが検証されて始めて成立するものである。更にまた個人の信仰の歩みもそうであるし、殊に教職者である牧師の言葉や行動の根拠も聖書からの検証によってのみ善しとされなければならない。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。(中略) すべてを吟味して、良いものを大事にしなさい。あらゆる悪いものから遠ざかりなさい。」(1テサロニケ5:16~22)と記されていることが、私たちが祈りにおいて神のみ旨を検証することの大切さを教えている、と同時にその際に絶えず聖霊の助けがあるということを教えてくれているのである。祈りつつ神のみ旨を聞いて(検証して)いきたい。
 フト思う、「検証すること」私たちの国にそれを行う勇気があればと・・・。

« 危うきもの | トップページ | 奪い合う »

真間川のほとりで」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 危うきもの | トップページ | 奪い合う »