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2016年6月12日 (日)

進化と成長と・・・

 東京の有明で「東京おもちゃショー2016」が開催されている。子どもたちが成長してしまった私には無縁と思っていたのだが、ニュースを見ていたら思わず手に取ってみたくなるようなオモチャが紹介されていた。
 例えば、息子たちが夢中になった「プラレール」というオモチャがある。直線やカーブのレールをつないで電車を走らせるオモチャで、電車のスイッチを入れてレールに乗せると、自由自在に作ったレールの上をひたすら走るというだけのものであった。ところが今は操作をスマホで行い、運転席からの画像がスマホに送られレールの上の景色が見える仕組みになっている。オモチャとはいえ、運転手気分になれるのだという。娘たちが夢中になった人形の着る服も細部にまで手を入れられ、まるで現実の親になった気持ちで着せ替え遊びができるように作られているという。その他、特殊なインクを使ったペンで書いた絵が光を当てると立体になるというものもあれば、水槽の中を泳ぐドローンのカメラからは魚目線の画像が送られてくる。また画面に描いた絵が動き出す物もあり、アナログとデジタルの融合したおもちゃが主流になってきているのだという。
 オモチャが進化したというのが今年の傾向なのだというが、進化したオモチャで育った子どもたちはどんな大人になるのだろう。かなりパソコンに依存している私であるが、根っこはやはりアナログ世代。デジタル世代の今の子どもたちの未来は、私にはとても想像することができないが、それは兎も角、進化するオモチャは少々興味をそそられる存在ではある。
 経験や知識がオモチャを進化させる。人間もまた齢を重ねるごとに知識や経験が増え、身体や心を成長させる。その意味ではオモチャの進化も人間の成長も同じようなものかもしれない。だからつい信仰も知識や経験を積んで成長するものと思ってしまうが、実はそうではない。信仰は知識や経験の積み重ねではなく神から与えられるものであり、進化し成長した私ではなく、新しい人間(私)になるということに他ならない。「新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。」(マタイ9:17)とあるからだ。神に与えられる信仰を受け入れ、思い切って新しい私で生きてみませんか。

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