« 過去から未来へ | トップページ | 愛着障害 »

2016年5月29日 (日)

声は届くか

 沖縄で20才の女性が殺害された極悪な犯罪に対して、沖縄の人々の激しい抗議が続いている。同胞の一人として、憤りを禁じ得ない。折しもG7出席のために来日していた米大統領に日本の首相は強く抗議し、「実効性のある防止策を講じるよう求めた」と首脳会談後の会見で述べた。米大統領も「心の底からの哀悼の気持ちと深い遺憾の意を表明し、日本の司法制度のもとで捜査が行われることに全面的に協力する」と述べつつも、根本の原因である日米地位協定の改定には両首脳とも触れることはなかった。沖縄の知事は「米大統領への面会も受け付けられなかったし、日米地位協定の改定にも触れられていない」と失望と共に強く批判した。
 日米地位協定は1952年に「日米行政協定」として結ばれ、1960年に「日米地位協定」と改正し条約とされたものである。事件事故を起こし被疑者となっても、公務中であれば第一次裁判権はアメリカが行使できること、治外法権・特権が認められ外国人登録の旅券も要らず、軍務として車両を登録すれば高速道路の通行料は全て日本政府が負担するし、施設を日本に返還する際は原状回復の義務はない等々がその内容である。つまり極端な例を挙げれば、「居住地も明かさず、車で日本全国の高速道路を無料で走行でき、酷い犯罪を犯してもせいぜい除隊程度で済まされることもありうる」ということになる。あくまでも仮定ではあるけれども、実は実際に沖縄で起きたことでもあるのだ。不平等な協定と言われる所以であるが、「改定を」という切実な声は届かないままに今日に至っているのだ。
 アハブ王の時代(BC874-852)、王妃イゼベルはバアル神の預言者を450人引き連れてきた。カルメル山に集められた民の前で、バアルの預言者たちが祭壇に火を付けようとしたができなかった。エリヤは用意された祭壇を水浸しにした上で、神に「主よ答えてください」と叫ぶと主の火が降り祭壇を焼き尽くした。(列王上18章)預言者たちやイエスの弟子たちが雄々しく歩みを進めたのは、祈りは届いているという信頼があったからだ。「絶えず祈りなさい」(1テサロニケ5:17)と聖書に記されているのは、「あなたの声は届いているよ」という神からの呼び掛けにほかならない。
 沖縄の人々の声は、いつ我が国の指導者たちに届くのだろう・・・・。

« 過去から未来へ | トップページ | 愛着障害 »

真間川のほとりで」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 過去から未来へ | トップページ | 愛着障害 »