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2016年5月22日 (日)

心を開いてごらん

 (ヨハネ16:12-15,ローマ8:1-13,イザヤ6:1-9)
 本日は三位一体主日であるが、聖霊降臨後に三位一体主日として守られるようになったのは、教皇ヨハネス22世の時、1334年からといわれている。主日の中では最も遅い制定である。ルーテル教会でも以前は「三位一体後第○○主日と云う呼び方をしていたが、教会暦の歴史(カトリック)が聖霊降臨祭、三位一体主日、聖霊降臨後と称されてきたことから、茶色の式文に変わった時に、恐らく元に戻したのだろう。
 ところで、三位一体をどのように説明したらよいのだろうか。キリスト教においては大切な教理であり、もしそれに否を唱えるなら異端とされてきた。(初代教会は三位一体の信仰とそれを否定する人々との戦いであったともいえる。決着がついたのは325年のニカイア公会議である。)
 「太陽が父なる神、子なる神が光、聖霊なる神が温度」と説明する人もいる。それぞれに役割を果たしている神ということは理解しやすいが、そこで留まると一神教ではなく三神教になってしまうことに気付かなければならない。
 日課には聖霊について、真理をことごとく悟らせるが、聖霊の神として単独で働き語るのではないということである。聖霊は神から聞いたことを語り、これから起こることをあなた方に告げるのであるから、神と一つであり、神そのものなのだということである。子なる神イエスは、「父が持っておられるものはすべて、わたしのものである」と語られており、神と子とが一つということを告げている。
20160522  父も子も聖霊も一つなのだということはどういうことか。私たちは祈る時に「父なる神様」と呼ぶ。「子なる神よ」とも「聖霊なる神よ」とも呼び掛けない。その言葉通りに理解すると「父」と「子」と「聖霊」という三神になってしまう。しかし、私たちが祈るのは、三位一体の「父なる神」であって、感謝するのも三位一体の神であり、最後の祈りも、三位一体の主イエスキリストを通して、三位一体の父なる神にお願いしますということにほかならない。神も、主イエスも、聖霊も、決して独り歩きしているのではないし、三つの神の誰かにお願いしているのではないが、その在り方は私たちの理解できない存在であり、私たちの想像を超えた在り方で三位一体の神が働いておられのだから、心を開いて神に感謝し信頼して従っていくことこそ大切なのである。

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