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2016年4月 3日 (日)

始まりは・・・

 4月1日、新年度を迎え多くの企業で入社式が行われ、その模様がテレビのニュースに流されていた。黒のスーツに身を包み、緊張した面持ちで入社式に臨む若者たち。希望通りの企業に入社できたかどうかはともかく、難関の就職試験を経て迎えた社会人一年生の始まり、抱いた夢を叶えるべく精進して欲しいものだし、彼らももちろんその気持ちであろう。だが、自分が想像していたものとは違う世界にぶつかることもあるだろう。思うようにならない現実とも向き合うことになるだろう。順風満帆とは行かないことの方が多いだろうし、幾度も失敗を重ねてしまうことだろう。始まりには誰でもがそんなことを経験するもの、そこで挫折し終わってしまわないようにと願いたい。
 プロ野球の名将と言われ日本で最初の三冠王になった野村克也氏の始まりは南海ホークスのテスト生であった。1年目は9試合11打数無安打という惨憺たる結果に終わり、戦力外通告即ちクビを言い渡された。しかし彼は辛抱強く交渉し、遂にはマネージャーに「お前のようなやつは初めてだが、若いうちなら人生はやり直せる。お前は活躍できないんだぞ。俺の目は確かだ」と苦言を言われつつも何とかチームに残り、遂には大打者で名監督になったとご本人が語っている。
 私たち牧師には就職試験はないが、赴任すると一人で全ての責任を負う立場に立たされる。注意も忠告も助言もない中で試行錯誤することになる。33年前に最初の任地に赴任した時、若い企業人たちの会でキリスト教(聖書)について講義をしてほしいと依頼された。前任の牧師が半年前に引き受けていたもので、転勤が決まってその話を断るのではなく「次の牧師さんにやってもらったら良い」と(勝手に)決めて離任されたのだという。新卒だからと断ったのだが、「是非」と言われて会合に行った。結果は惨憺たるものであった。でも始まりのその出来事は、牧師としての大切な「肥やし」であったと、退職まで10年を切った今、改めて思い返している。
 キリスト教は迫害で始まった。日本のキリスト教も同じであった。でも始まりの労苦が、今の教会を支えているのである。私たちが喜びに包まれる時にも、そのことは忘れずに信仰の歩みを続けたい。

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