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2016年4月10日 (日)

日本人は本当に幸せですか

 先週、前ウルグアイ大統領ムヒカ氏が来日され、いろんなニュースに取り上げられていた。2012年にリオで行われた国連の会議でなされた演説は、「世界で一番貧しい大統領のスピーチ」と絵本にもなり子どもたちに紹介された。「発展を続けることが豊かなのか。西欧の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70~80億の人ができるほどの原料がこの地球にあるのか?資本主義の子どもたち、即ち私たちが無限の消費と発展を求める求める社会を作ってきた。」と始まる演説は、「文明という落とし子、グローバリズムをコントロールできていないことにあり、私たちの危機は環境問題ではなく政治の問題であり、消費に支配されている。私たちは発展するために地球に来たのではなく、幸せになるために来た。消費主義をコントロールしなければならない。貧しい人は少ししか持っていない人ではなく、無限に欲しがり、いくらあっても満足しない人のことだ。水や環境が問題なのではなく在り方の問題であり、発展は幸せの邪魔をしてはならない。必要最低限のもので満足するのも、一番大切なのは人類の幸せのためなのだ」(要約)と述べたのである。5年前の東日本大震災のことを思い出す。文明を支えていたはずの原発が事故を起こしたことにより、故郷で普通に生きることを奪われた人々がいることを。文明の発展は人間の幸福とは決してイコールにならないことを。だからこそムヒカ氏の来日を機に、「現代の日本人にとって、幸せとは何なのか」と改めて考えたいものだ。
 イエスがエルサレムに来られた時、大勢の人々がイエスを歓迎した。「大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。『ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。』」(マタイ21:8~9)しかし捕えられた時、「群衆はますます激しく、『十字架につけろ』と叫び続けた」(同27:23)のであった。力強い王様がやって来て、ローマの支配から解放し幸福をもたらしてくれることを望んでいたのかもしれない。しかし、イエスはその生涯を通して「神を愛し、隣人を自分のように愛することこそが人の幸せである」と教えてくださったのだと私たちは信じている。

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