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2016年4月

2016年4月24日 (日)

地震被害に対する対策方針

 教会本部より地震被害に対する対策方針をお知らせします。(総会議長発信)
 「熊本地方を中心に相次ぎ発生する地震による影響を案じつつ、主の平安と慰めが豊かに注がれますようにと祈りを合わせてくださっていることを感謝します。日本福音ルーテル教会の対策会議を開催しました。4月18日から熊本に入った事務局長の現地報告をもとに以下の方針を決定しましたので、皆様にご理解とご協力をお願いします。 
 【熊本地震支援活動】熊本全域のルーテル教会、福祉施設、学校、幼稚園・保育園、そして信徒の方々の暮らしと建物に深刻な影響が出ています。しかし、被災地域の中でありながらも、14 日の地震発生当日より、様々な相互の支え合いが展開されています。これらを支援するために、16日に九州教区が設立した「九州教区対策本部」により、熊本で展開される働きを支える体制が組まれました。昨日21日の時点では、以下の活動を支援の準備を進めています。①物資輸送:熊本地域以外からの不足物資の調達、輸送~配布。②避難所支援(対象避難所:健軍教会、広安愛児園、熊本ライトハウス)※「わかちあいプロジェクト」とパートナーを組み、同避難所内に拠点を置いてまずは2か月間の炊き出し活動等を展開してゆきます。③地域支援(在宅の高齢者、自主避難の方など)※順次、今後の取り組みと予定します。④片付け支援(人的ボランティアの受け入れ含む):各住居の片づけ等のお手伝い等。 ⑤精神的ケア支援、(大江教会で行われている活動をはじめにして)※態勢を調整進行中ですので、上記の詳細に関しては、近日の「九州教区対策本部」(本部長:岩切雄太牧師)からの発表をお持ちください。現状はJELC-HPからご覧いただけます。」
 熊本には5つの教会があり、健軍教会以外は亀裂や壁の崩落がある。特に神水教会は会堂の使用が不可能という状況だという。また学校や施設にも建物被害があり、九州ルーテル学院(旧九州女学院)は本館の煙突が崩落し壁にもかなりの被害があるという。これからしばらく礼拝堂に募金箱を設置し、支援していきたい。
 南阿蘇村で行方不明になっている方の内のおひとりは、内海望牧師の義弟である。久留米教会の会員で、私も随分お世話になった。ご家族のためにお祈りを。

2016年4月17日 (日)

地震に関する議長書簡

 立山議長よりの書簡を記載します。
 「4月14日夜、熊本県全域を襲った地震は、いまこのときも収まるどころか、余震と本震との区別がつかいないほどの状況が続いています。すでに多数の死傷者が報道され、その数がさらに増えることが案じられています。被害に遭われた方々の上に、主の癒しのみ手とお慰めをお祈り いたします。
 現時点までに、教会関係者にも負傷をなさった報告があり、建物でも、部分的な崩落等の知らせが届いていますので、余談は許さない状況です。水道、ガス等のインフラに支障が生じているところもあり、また度重なる余震のために、室内や屋内で休むこともできず、車の中や野外で夜を過ごされる方々が教会員や教職家族にもあると聞いています。教会関係者だけでなく、学校、施設、幼稚園・保育園の関係者においても同様のことでしょう。本当に不安で不自由な生活を強 いられ、大変にストレスの多い生活は想像に難くありません。
 明日主の日を迎える私たちにできることは、礼拝において、また教会を後にしたときも、苦しい状況を強いられているすべての被災者のために、また支援活動を続けてくださっている方々のために祈りを献げることです。そして、日本福音ルーテル教会、ルーテル法人会に属する仲間のために祈りを献げましょう。あの東日本大震災のときに行ったように、心を合わせた祈りをお願 いいたします。」
 14日の地震後の書簡ですので、16日未明の震災にはまだ触れられていない。熊本の教会の牧師たちのFacebookから知ることができる教会関係の情報は以下の通り。「本棚の倒壊、壁の崩落多数。神水教会は牧師館老朽化により避難。熊本教会は内壁が崩落しガラス破損。健軍教会をはじめ学校や各施設が民間避難所になっている。断水により水不足。ウエットティシュ、カップ麺、カセットコンロなど必要。」そのような報告があった。教会関係者への身体的被害については報告されていないが、依然地震が収まらないため、これからもご無事を祈るしかない。
 被災された方々への主のお慰めを祈ると共に、地震の早期収束を祈りたい。そして、私たちにも行える支援を考えましょう。

2016年4月10日 (日)

日本人は本当に幸せですか

 先週、前ウルグアイ大統領ムヒカ氏が来日され、いろんなニュースに取り上げられていた。2012年にリオで行われた国連の会議でなされた演説は、「世界で一番貧しい大統領のスピーチ」と絵本にもなり子どもたちに紹介された。「発展を続けることが豊かなのか。西欧の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70~80億の人ができるほどの原料がこの地球にあるのか?資本主義の子どもたち、即ち私たちが無限の消費と発展を求める求める社会を作ってきた。」と始まる演説は、「文明という落とし子、グローバリズムをコントロールできていないことにあり、私たちの危機は環境問題ではなく政治の問題であり、消費に支配されている。私たちは発展するために地球に来たのではなく、幸せになるために来た。消費主義をコントロールしなければならない。貧しい人は少ししか持っていない人ではなく、無限に欲しがり、いくらあっても満足しない人のことだ。水や環境が問題なのではなく在り方の問題であり、発展は幸せの邪魔をしてはならない。必要最低限のもので満足するのも、一番大切なのは人類の幸せのためなのだ」(要約)と述べたのである。5年前の東日本大震災のことを思い出す。文明を支えていたはずの原発が事故を起こしたことにより、故郷で普通に生きることを奪われた人々がいることを。文明の発展は人間の幸福とは決してイコールにならないことを。だからこそムヒカ氏の来日を機に、「現代の日本人にとって、幸せとは何なのか」と改めて考えたいものだ。
 イエスがエルサレムに来られた時、大勢の人々がイエスを歓迎した。「大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。『ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。』」(マタイ21:8~9)しかし捕えられた時、「群衆はますます激しく、『十字架につけろ』と叫び続けた」(同27:23)のであった。力強い王様がやって来て、ローマの支配から解放し幸福をもたらしてくれることを望んでいたのかもしれない。しかし、イエスはその生涯を通して「神を愛し、隣人を自分のように愛することこそが人の幸せである」と教えてくださったのだと私たちは信じている。

2016年4月 3日 (日)

始まりは・・・

 4月1日、新年度を迎え多くの企業で入社式が行われ、その模様がテレビのニュースに流されていた。黒のスーツに身を包み、緊張した面持ちで入社式に臨む若者たち。希望通りの企業に入社できたかどうかはともかく、難関の就職試験を経て迎えた社会人一年生の始まり、抱いた夢を叶えるべく精進して欲しいものだし、彼らももちろんその気持ちであろう。だが、自分が想像していたものとは違う世界にぶつかることもあるだろう。思うようにならない現実とも向き合うことになるだろう。順風満帆とは行かないことの方が多いだろうし、幾度も失敗を重ねてしまうことだろう。始まりには誰でもがそんなことを経験するもの、そこで挫折し終わってしまわないようにと願いたい。
 プロ野球の名将と言われ日本で最初の三冠王になった野村克也氏の始まりは南海ホークスのテスト生であった。1年目は9試合11打数無安打という惨憺たる結果に終わり、戦力外通告即ちクビを言い渡された。しかし彼は辛抱強く交渉し、遂にはマネージャーに「お前のようなやつは初めてだが、若いうちなら人生はやり直せる。お前は活躍できないんだぞ。俺の目は確かだ」と苦言を言われつつも何とかチームに残り、遂には大打者で名監督になったとご本人が語っている。
 私たち牧師には就職試験はないが、赴任すると一人で全ての責任を負う立場に立たされる。注意も忠告も助言もない中で試行錯誤することになる。33年前に最初の任地に赴任した時、若い企業人たちの会でキリスト教(聖書)について講義をしてほしいと依頼された。前任の牧師が半年前に引き受けていたもので、転勤が決まってその話を断るのではなく「次の牧師さんにやってもらったら良い」と(勝手に)決めて離任されたのだという。新卒だからと断ったのだが、「是非」と言われて会合に行った。結果は惨憺たるものであった。でも始まりのその出来事は、牧師としての大切な「肥やし」であったと、退職まで10年を切った今、改めて思い返している。
 キリスト教は迫害で始まった。日本のキリスト教も同じであった。でも始まりの労苦が、今の教会を支えているのである。私たちが喜びに包まれる時にも、そのことは忘れずに信仰の歩みを続けたい。

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