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2015年12月13日 (日)

力に包まれて

 (ルカ1:26-38,ローマ16:25-27,サムエル下7:8-16)
 1章はザカリアにエリサベトが子どもを産むと告げられるところから始まる。その6か月目が今日の箇所である。恐らく、再びザカリアの組が神殿に祭司として勤めている時と理解できる。同じ状況を作り、神の働きだと示している。
 告知された場所はナザレであり旧約聖書にも登場しない地。神が選ばれたのはそのような地であった。天使ガブリエルは、それほど重要ではない町の普通の男と婚約した卑しい乙女の所に下ってきたのである。ただし、ヨセフがダビデの家系に属するということは、この平凡な家庭から何か偉大な出来事が開始されるということを予期させる。
 天使は入ってきたこと、「おめでとう」と告げられた言葉に、マリアは戸惑った。神のなさることは不安や恐れをもたらすということでもある。天使の言葉を真実と受け止めると、どのように実現するのが分からないというのがマリアの返答である。まだ結婚生活を始めていないのに、どのようにして身ごもるのか。もし誰かによって身ごもるなら、姦淫の罪に問われるのではないかという不安もある。
 マリアの懐胎は、命を与える聖霊によるものであり、聖霊に委ねられた神の力がマリアを覆うのである。「覆う」とは上から影を作ることであり、パレスチナの人々にとって影は憩いの場である。つまり聖霊はマリアを保護し憩いの場に休ませ、力をもって臨んだということにほかならない。それはかつて出エジプトにおいて、臨在の幕屋を覆う雲を思い起こさせ(出40:34)、マリアの懐胎が、人間の介入を許さない神の秘密の創造の業であることを示している。
 こうしてマリアは天使の告知を受け入れる。主のはしためという。その時に、力に包まれる、雲に覆われて憩いを得る。かつて老いたサラに子どもが生まれると告げられた時、サラは笑った。しかし主の遣いは「主に不可能なことがあろうか。」(創世記18:14)と告げられたが、今、同じ言葉がマリアに告げられ神の働きであることがしめされるのである。
20151213  神の計画は神御自身の力と、その力にすべてを明け渡す人間の希望が和合することによって実現される。祈りの時に、「すべては御心のままに」という言葉が発せられる時に、神は私たちを力で包み安らぎと希望を示してくださる。
 クリスマスという力に包まれ、喜びを分かち合いたい。

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