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2015年12月24日 (木)

救い主の誕生

 (ルカ2:1-20,テトス2:11-14,イザヤ9:1-6)
 メリークリスマスは「楽しい、良いクリスマスを!」という意味になる。「クリスマス」とはキリストを礼拝するということなので、直訳すると「楽しくキリストを拝んでください」ということになるのではないか。けれども「キリストを礼拝しましょう」というよりも、「楽しみが与えられますように!」という意味になっているのが現実である。楽しいというイメージがクリスマスにはあるが、聖書に記されたクリスマスの始まりは決して楽しい風景ではない。
 どのような時代であったかというと、ローマに支配され徴税のために強制的に住民登録が行われた。登録には10年以上かかり、納税を開始したのが紀元後6~7年といわれ、そのためにユダでは反乱が起きた。(使徒5:37)
 マリアとヨセフはどうであったか。エルサレムへの道のりは100キロ程。マリアは身ごもって直ぐに、ユダの町に住む叔母のエリサベトを訪ね3か月ほど滞在しているので、二度目の長旅である。どうしてナザレに残さなかったのか。世話をする人がいないか彼女について詮索されるのを嫌がったからだろう。豊かさよりも苦しさが伝わってくる時代である。
 クリスマスに読まれる短編「美しい贈り物」の作者オーヘンリーは「人生はすすり泣き(sniffles)、むせび泣き(sobs)、微笑み(smiles)の三つのSで成り立っている。中でもむせび泣くことが一番多い。」という言葉を残している。「すすり泣き」とは声をおさえて静かに弱々しく泣く泣き方である。感動した時や共感した時にもすすり泣くことがある。しかし、苦しい時や悔しい時には私たちは声つまらせて激しく泣く。イエスを三度否認した後のペトロの泣き方もきっとむせび泣きであっただろう。ベツレヘムへ向かわざるを得ないヨセフとマリアの姿を思い浮かべると、神はおられるのだろうか、働いてくださるのだろうか、そんな疑問がふと湧き上がるような情景が見えてくる。
20151224  辛い風景ばかり思い浮かぶような日課の場面だが、「勅令が出た」という言葉は「勅令が出ることになった」という意味があり、背後に神の働きがあることを思わせる。それだけではない。飼い葉おけは赤ん坊が寝る場所としては相応しくないかもしれないが、飼い葉おけの中は家畜にも人にも踏まれることのない最も安全な場所だということである。私たちがむせび泣くその所に、イエスもまた来てくださることをクリスマスの中で心に刻みたい。

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