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2015年11月 8日 (日)

群集心理

 前日の雨天が思い起こせない程に晴れ上がった11月3日、教会バザーが行われた。開始前には多くの方が並んでくださり、昨年以上の賑わいにホッと胸を撫で下ろした。今年は道路側の外壁を修理したので、いつもは自転車置き場にしていた会堂前のテラスを日用品売場に変更し、「バザーをやっている」と分かるようにした。それによって道行く人にも来場していただければと考えたからだ。時間前に並んでくださったお客さんと話していると、「毎年、楽しみに来ています。ケーキが美味しいのよネ、丸いあのケーキはあるの?」と聞かれて「アーモンドケーキはもう作ってないんです」などと会話しながら、この日を楽しみにしてくださっている方々の気持ちをいただけ、前日までの準備の苦労もなくなるようだった。
 11時の鐘を合図に入場が始まる。待ってくださっていた方々もほぼ半分に分かれて、お目当てのケーキ売場や日用品売場に先を争って向かわれるのが例年の開始直後。今年もそうなると何も疑わずにいたのだが・・・全く様子が違った。「ただ今より開始します」と告げたとたん、人々は会堂入口に向かわずに左手バルコニーの日用品売場へ!「ケーキが美味しい」「ケーキを買うのが楽しみ」と言っておられたあのご婦人たちもケーキのことなど忘れたかのように、一目散に左手の日用品売場へ!!その様を呆然と眺めるしかなかったのだが、冷静になって思い返すと、並べられた日用品を観ている内に、「あれ、安くて良いわネ」という心理が多くの人に働き、始まりと同時に日用品へ向かう人の勢いに、他の人にも群衆心理が働いて、そちらに向かわせたということではないだろうか。ともあれ、「群衆」といっても3~40人のこと、会計も一時混乱したけれども、最後まで楽しく過ごせた一日であった。
 「群衆はますます激しく、『十字架につけろ』と叫び立てた。」(マルコ15:14)群集心理が働いた場面である。個人の倫理観も価値観も一気になくしてしまう心理が働いている。熱狂的なキリスト教もあるが、私は好まない。群集心理が働き、いつしか神をその集団の思いのままの存在にしようとしてしまうからだ。何よりも主は、お独りで十字架に向かわれたではないか。だからこそ群集心理の働く熱狂さではなく、黙想と祈りの中で神と向き合い、み言葉を聞いていきたいと思うのである。

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