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2015年10月25日 (日)

退修会

 初めて小田急ロマンスカーに乗車した。戦後、特急車両が2人掛けの対面座席を採用したことから「ロマンスカー」と呼ばれるようになったと言われているが、「おひとり様」で乗車した私には、「ロマンス」よりも「ゆったりシートで隣りを気にせず過ごせた」ことの方がありがたかった。ロマンスカーで箱根湯本に向かったのは、東地域教師会「退修会」参加のためであった。
 退修会とは「retreat(リトリート)」の訳である。「退去する・後退する」という意味で、そこから「避難所・潜伏先」とか、カトリック用語の「黙想」と派生していったのではないかと思われる。「退修会」で検索してみると、中国語のHPがズラリとヒットするので、もしかしたら先に中国語(台湾語)に訳されて日本語になったのかもしれない。ともあれ、「たいしゅうかい」と入力しても、漢字変換では「体臭会」とか「大衆会」としか出てこないので、一般的な語彙でないことは確かだが、「退いて修養する」という訳は、最適と思えてならない。
 「群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった。」(マタイ14:23他)祈るために退かれたイエスだが、ここに「退修会」の原型がある。祈るために群衆や弟子たちから強いて離れるというイエスがなされた姿が、日常から強いて離れて神と向き合う時間を作るということと繋がっているからだ。退くことは決して敗退ではない。むしろ次に進む力を頂く時にほかならない。ヤコブは伯父ラバンの下に逃れて次世代への礎となる嫁をもらったし、モーセも逃れた地で家族を与えられた。ヨハネはパトモス島に幽閉されている時に啓示され「黙示録」を著し、我らがルター先生は、国会で審問を受けた後、身を案じた人々によって誘拐されワルトブルク城に幽閉された。だが10か月ほどであっただろう滞在の間、彼は聖書を初めてドイツ語に訳し、その他にも「マグニフィカート」、「修道誓願について」などの大著を、「パドモス島の住民より」と差出人の住所を書いて世に送り出した。退くことで、時には歴史の転換点を生み出すようなことになることの実例でもある。
 時にはロマンスカーに乗って日常から離れてみるのも良いもんだ、明日への活力や新しいアイディアをいただける…かも。

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