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2015年9月 6日 (日)

帯広教会で奉仕しました

 帯広教会より礼拝奉仕の機会を与えていただき、牧師休暇を利用して15年半ぶりに道東の三つの教会を訪ねた。以前はそれぞれに独立した教会であったが、今は帯広教会釧路礼拝堂・同池田礼拝堂・同帯広礼拝堂と称し、一人の牧師が牧会に携わっている。道東とひとくくりにされるが、釧路と帯広の間は120㎞もあり、市川から静岡県の富士市辺りまでの距離となる。金曜日の夜に釧路に入り翌日礼拝、終わると帯広に移動し、日曜午前に帯広の礼拝、午後は池田(距離約30㎞)で礼拝、引き返して夜に再び帯広での礼拝と都合4回の礼拝を行った。日曜午前の礼拝が13名で、残りの3回は10人に満たない出席者で礼拝が守られていた。それでもいつもより多いと聞くと、最東端の地での宣教の難しさを肌で感じさせられた。
 釧路の会堂の外観は変わっていなかったものの、トイレがきれいになり聖壇横の倉庫が納骨室(メモリアルルーム)へと変わっていた。その一方、牧師館の管理ができなくなっており、会堂も含めた今後の管理をどうするか悩んでおられた。池田の会堂も変化は無かったが、ひたすら老朽化に耐えているようにみえたし、牧師館は焼失して空き地になっていた。そして私たち家族が13年住んでいた帯広の会堂はトイレに身障者用が出来、駐車場も舗装されていた。畑にしていたところは芝生になり、ナナカマドや白樺の大木が無くなり、全体にスッキリした外観にはなっていたが、我が家の子ども達が遊びまわっていた風景は失われていた。そんな三者三様の変化も15年半という年月が刻んだ印し。それぞれの礼拝堂の群れは、これからどのような歩みを刻もうとしているのか、市川の地にて祈りに覚えつつ、また何か出来ることがあればお手伝いしたい。
 ところで、釧路の教会の納骨室に1980年に亡くなられた合田俊二牧師の遺影があった。牧師になり釧路に赴任し僅か3年、29歳の若さであった。大学生であった私は夏休みになると合田牧師の牧師館で過ごしていたことを思い出した。そして遺影の笑顔から「ワシの分まで、しっかり伝道しているか?」という声が・・・。
 帯広教会宣教40年を記念してご奉仕させていただいた道東の教会の礼拝。初心を思い起こす恵みの日々であったと感謝している。

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