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2015年8月30日 (日)

カメラ

 携帯電話にカメラ機能がついているおかげで、事件事故や自然現象の異変などを映像で見ることができるのが現代社会である。爆弾による工場の爆発の瞬間、集中豪雨や突風・竜巻の一瞬の出来事、墜落事故直前の飛行機の姿等々、どれも手持ちなればこその映像に他ならない。その画像が事件事故の解決、自然現象の解明に繋がるということになるのだから、日頃から携帯電話のカメラ機能に慣れておくのも悪いことではないだろう。ただし、それがプライバシーを侵害するような行為にならないように注意しておかなければならないが・・・。
 子どもたちは夏休みのさ中、中学一年の子ども二人が殺害された大阪の寝屋川市の事件。この事件の解決に役立ったのが、至る所に備え付けられていたカメラの映像記録であったという。様々なところに据えられた民間のカメラの記録から不審な動きをする車(者)の情報を集め、追跡調査する。証拠となるものが殆ど残されていない中で、死体発見からほぼ一週間で犯人逮捕となったのも、カメラの情報があったからに他ならない。残酷な殺害方法に多くの方が心を痛め、自分たちの子どものことや大人の責任を考えたことだろう。二人を知る子どもたちの心に十分なケアがなされ、間もなく始まる新学期を元気に迎えてほしいと思う。
 ところで、防犯カメラが今回の事件の解決に役立った訳だが、換言すれば至る所で私たちは監視されているということでもある。表には出ないけれども、何かあれば私たちが映っている映像が利用されるということになる。イギリスの作家ジョージ・オーウェルは1947年に「1984年」という題名の小説を書いた。「偉大な兄弟(ビッグブラザー)」に統治され、自由や思想が奪われ、常に監視される世界が描かれている。携帯電話、防犯カメラ、人工衛星、パソコン・・・あらゆるものが私たちを守ってくれる手段ではあるが、ひとつ間違えば監視された世界になることを肝に銘じておかなければならない。
 40数年前、洗礼を受けた時に、非常に強く神様の眼差しを感じたものだった。罪を犯さないかを監視されているように思ったのかもしれない。しかしそうではなく、私に注がれた神様の眼差しは「見守りのためだった」と今は告白できる。

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