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2015年8月 9日 (日)

被爆伝承者

 被爆経験のない人が原爆被害の悲惨さを語り部として伝承していく「被爆体験伝承者事業」に広島市は3年前より取り組み、養成した50人を今年「被爆伝承者」として初めて任命した。被爆者の高齢化が進み、悲惨な経験を被爆経験のない世代がどのように伝えていくかという課題があり、「伝承者」を養成して後世に伝えていこうと制度を設けられたものである。あの戦争から、時は確実に遠く離れていく。戦後も70年と数えられる今年、戦時下の日本を大人として支えた人々の殆どは亡くなっている。もちろん被爆者も同様である。だからこそ、被爆した体験とその時の心を、その体験者自身になって伝えていく「伝承者」の働きは、とても大切なものである。何故なら悲惨な体験を引き継いでいくことこそが、武力を高めて戦争を防ごうというよりもはるかに抑止力があると思えるからである。
 イエスの出来事も人々が語り伝えたことから始まる。イエスと直接あるいは間接に触れた人々がいた。権威ある教えを聞き、様々な奇蹟を目の当たりにした人々がいた。そのことを人づてに聞いた人々が、「自分も直接見たい、聞きたい」とイエスのもとにやってきた。大勢の者がイエスの出来事を体験者した。しかし、主が十字架につけられたことによって人々の熱は一気に醒めてしまった。だが、イエスの出来事はそこで終わらなかった、再び人々に現れてくださったのである。弟子たちやイエスと親しかった人々の喜びは大きく、また十字架の出来事が救いには必要なことであったと受け止めることができるようになった。ここにキリスト教の始まりがある。十字架と復活の出来事を体験した人々がいて、その彼らの体験を口頭で伝えていき、これを記録する人が生まれそして聖書としての書物になっていった。その意味では、「福音体験の伝承者」によらなければ聖書は生まれなかったし、福音が世界中に広まっていくこともなかったと言える。次々に現れた伝承者たちによって今に、そして将来も絶えることなく福音は伝承されていくことであろう。なぜなら、伝承者を生み出し支えているものは「絶えざる神の力」に他ならないからである。
 キリストを伝えることは平和を伝えること。だからキリスト者は「平和の伝承者」なのだと、戦後70年の今年、心に刻みたい。

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