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2015年7月12日 (日)

にんじゃになりたい

 「にんじゃになりたい」という願いを、保育園の七夕飾りの短冊の中に見つけた。大人の字なので、3才か4才児の子どもの願いを保育士が聞き、代筆して飾ってくれたのだろう。「にんじゃになりたい」と素直に願う心が羨ましい。
 「ささの葉サラサラ のきばにゆれる お星さまきらきら きんぎん砂子」(七夕の歌)七月を迎えると思わず歌ってしまう童謡である。七夕の行事は「日本の禊(みそぎ)の行事で、乙女が着物を織って棚にそなえ、神さまを迎えて秋の豊作を祈ったり人々のけがれをはらうこと」(京都・地主神社HPより)が由来であるという。宗教的なことはともかくとして、七夕飾りそのものはきれいで楽しいものである。年に一度の織姫星と彦星の再会を、素直に楽しむのも良いだろう。短冊に願いを込めるという習わしも、子どもたちにはサンタさんの時と同じようにお願いできる楽しい時として受け入れられているに違いない。でも、七夕のお願いはどんな神様にするのだろうか。
 「あらゆる点において「あなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、手で造った神殿などにはお住みになりません。」(使徒言行録17:22~24)おパウロがアテネの町で行った演説である。「わたしはあるという者だ」(出エジプト3:14)と、ご自身を表される神様は、聖書を通して私たちに深くかかわってくださっていることを教えておられる。しかもある特別の日だけでなく、私たちが「主よ、」とお呼びする時はいつでも聞いてくださるのである。
 「にんじゃになりたい」と願う時、その子が「迷子の羊を肩に担いで連れ帰る羊飼いの主イエス」を、「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった」と天使が告げた主イエスを、思い浮かべてくれていることを願いたい。

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