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2015年3月15日 (日)

忘れない

 「死者1万5891人、行方不明者2584人。避難生活を送る人はいまも約22万9千人にのぼり、避難先は福島・宮城・岩手を中心に47都道府県のすべてに及ぶ。」(3月12日朝日新聞より)
 東日本大震災から4年。鉄道が全線開通し、道路が復旧し、工場が再開し、漁港や市場に活気が戻った。瓦礫も片づけられ、かさ上げや防災の工事も行われ、徐々に街並みも戻りつつある。震災から1年たった春、私は長男と南三陸町や女川町、石巻市などを車で回った。鉄骨だけの南三陸町の防災センター、多くの子どもたちが犠牲になった大川小学校、小さな入り江の壊滅した村落と高台の無事だった墓碑、川一つ山一つ隔てて瓦礫となった街跡と何もなかったように日常が送られている街並み。4年たって被災地の映像を観、記憶に残っていた震災1年後の被災地の姿を重ねると、随分復興していると思う。でも、それが全てではない。除染が進まず手付かずの原発被災地、以前として仮設住まいや避難が続く多くの人々、行方不明のままの家族を探す人々。前向きに歩み始めた人々がいれば、あの日のまま時が止まった人々もいるだろう。私たちはこの市川の地で、何ができるのだろうか。
 昨年春、曽谷寮の子どもたちの代表3人が、被災地女川町に千羽鶴をもって出掛けた。その報告会で、小学生の子が「町の人から『こうして忘れないでいてくれるというのがとても嬉しい』と言われた」と報告してくれていた。「あの子にはきっと被災地の様子とその言葉が忘れられないものになったに違いない」と私は思った。今年も同じように被災地に出掛ける予定だが、被災地支援として出掛けていった子どもたちが忘れていないと告げながら、自分たちもまた忘れられていないことを感じてくれたら嬉しいと思う。
 「マタイという人が収税所にすわっているのを見て」(マタイ9:9)、「イエスは振り向いて、この女を見て」(マタイ9:22)罪人や苦しんでいる人々を御覧になる場面が福音書にはたくさん記されている。その眼差しはきっと「あなたのことを忘れない」といっていたのではないか。それがイエスの優しさであり、神様が最も私たちに伝えたいことであり、東日本大震災後4年目の私たちに出来ることなのだと思う。

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