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2015年1月18日 (日)

シルエット

 晴れた日の夕暮れに江戸川の土手を散歩すると、夕焼けの中に富士山、スカイツリーそしてビル群のシルエットを眺めることができる。特に冬は空気が乾燥しているので実に鮮やかである。カメラを構えている人も多く撮影には絶景といえる。中でも周囲より頭一つ飛出し凛としてそびえ立つ富士山の姿は美しく、古の人々が自然に「霊峰」と言ってきたのも頷ける。朝日に照らされ輝く富士山は神々しく輝いているが、夕焼けの中の富士山には疲れた心を癒してくれるような優しさがある。それはシルエットが与えてくれる優しさだと、西の空を眺めながら思うのである。
 シルエットの語原は、フランスのエティエンヌ・ド・シルエットに由来する。18世紀半ばのフランス人で、財務大臣を務めていた。当時フランスは戦争が長引いたことで財政難であり、富裕層に対して厳しい倹約を要求していた。その一つに華美な肖像画ではなく、黒一色で塗りつぶしたものにせよと主張し、輪郭を主とした肖像画が流行るようになり、それをシルエットと呼ぶようになったという。ドイツの文豪ゲーテもシルエットを好んでおり、作品の中でも思いを寄せる女性のシルエットを作るくだりがある。最近は映像の中でドラマティックな演出にするためにシルエットが取り入れられることもあるし、交通標識にもシルエットを使って素早く認識させようとしているものもある。光と影、黒一色という画像(映像)が、人の心には印象深いものになるのではなかろうか。(以上「ウィキペディア」など参照)
 シルエットは輪郭だけで、人や物を伝える。輪郭はありのままに表現されているとはいえ、その他は観る者の想像力を必要とする。だからシルエットは、観る者の心を映すものなのかもしれない。心が笑顔ならシルエットも笑顔、涙した心には泣いた顔が・・・。文豪ゲーテは女性のシルエットを眺めながら、どんな表情を思い浮かべていたのだろうかと、思わず考えてしまった。
 聖書は神様について教えてくれるものであるが、神様について全てを記し尽くしているのではない。むしろ神様のシルエットであり、私たち一人ひとりはその時の心の有り様に相応しい神様の姿を見出せるようにしてくださっているのだ。
 今日、シルエットの中で、神さまは笑っておられますか?

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