2017年11月26日 (日)

共に、礼拝する

 今から20数年前、帯広教会に居た頃、カトリック教会を会場に地区の合同礼拝が行われた。帯広には10程の教派の教会があり、牧師会や教職家族会などを一緒に行うことが度々行われており、合同礼拝もその一つであった。カトリック教会を会場にしたその年、私は祝祷の部分を担当することになっていた。そして礼拝の最後、祝福をするために聖壇に向かいながら、「こんな姿をルター先生が見たらどんな気持ちなのだろう」とフト思ったものであった。
 11月23日、カトリック浦上教会で「ルーテル・カトリック合同礼拝」が、1200名余の参加者を得て行われた。この日を迎えるために両教会を代表する方々が労してくださったことが随所に伝わり、詳細な部分まで行き届いた配慮溢れる時間であった。礼拝が終了し後方の出口に向かって歩きながら会衆席に目を転じると、どの方も素敵な笑顔で私たち教職を見送ってくださっているのが見えた。私たち教職はそのまま会堂を出てしまったが、礼拝の終わりが告げられると会堂内に大きな拍手が起こったという。私もそこに居たら、きっと大きな拍手をしたことだろう。
 ところで、この礼拝は「宗教改革500周年という記念の年にカトリック教会とルーテル教会が隔てを超えて行った」という歴史的な出来事であって、神学的にも大きな意味のある礼拝でもあると言えよう。だからこそ、この日の為に時間をかけ丁寧に協議してこられた先生方におかれては、心躍るような喜びをもっての参加(あるいはYou Tube視聴)であったことだろう。もちろん私もその一人・・・と言いたいところだが、正直に言えば「神学的云々」よりも、「共に集う」喜びの方が大きかった。それは恐らく帯広時代の経験、即ち「教派を超えた交わりを頻繁に行っていたことによって、神学的な隔たりについての意識が殆ど無くなっていた」ということがあるのかもしれない。だから、千人を超す方々と「共に、礼拝する」という経験の方が、私の心を躍らせてくれたのではなかろうか。
 礼拝堂に響いた賛美の歌、祈りに合せて唱えられる「アーメン」の声、クリスマスの夜に「天使に天の大軍が加わり神を賛美した」(ルカ2:13)時にもきっとあのように夜空から響いてきたことだろう。そうだ、もう直ぐクリスマス。今年も共に多くの方々と過ごせるクリスマスになるように!

2017年11月19日 (日)

翻訳

 日本マンガを英語に翻訳しているフレデリック・ショット氏の言葉を紹介する。「マンガで難しい点の1つは絵が主体だということ。翻訳者は自分が訳すことばよりも絵のほうが重要だと認識しなければならない。もし翻訳されたことばが絵に合っていなければ、読者は違和感を覚える。吹き出しの中に納まるよう、言葉を凝縮しなければならない。」(NHKテレビより)マンガには「絵」という誰にでも見えるものが存在する。絵には漫画家の思いが込められており、絵の主旨を吹き出しの言葉が表現しているといえようか。だからこそ「絵が主体」という姿勢を貫き続けることこそが大事なことであり、異なった言語の人々にも受け入れられるのだろう。
 聖書も翻訳されたものである。言葉としてはヘブル語やギリシャ語の聖書が底本(拠り所となる書物)と言われ、それは「すべて神の霊の導きの下に書かれ」(Ⅱテモテ3:16)たのであり、それを基に翻訳され全ての国々に届くようにされたものといえる。忘れてならないことは、主体は「神ご自身・神の思い」であるということであって、どのような言葉に翻訳されようとも「神が主体」という立場は変わらない。
 ルターは聖書をドイツ語に訳し、それが「標準ドイツ語」となったと言われている。私にはルター訳聖書の言葉の「美しさや格調」については分からないが、当時の人々にとっては平易な言葉であったからこそ人々に歓迎されたのではないかと思う。とはいえ単に易しければ良いというのでもない。ルターが明確に福音を知り、揺るぎない信仰に立っていたからこそ、素晴らしい翻訳聖書になったのであり、また人々が語りたくなるような「言葉」であったからこそ、標準ドイツ語にもなりえたのだろう。その意味でもルターの「翻訳作業」が、宗教改革を推し進めていく原動力であったと言えるだろう。
 聖書を原語から翻訳する力は私にはないが、労して日本語にしてくださった聖書を市川教会という群れのために「翻訳」する作業を、毎週に日曜日に行っている。所謂「説教」である。説教が聖書の説明や解釈になることなく、「神ご自身・神の思い」をこそ主体とした相応しい言葉を語ることが出来るようにと祈りつつ、礼拝に備えていきたい。

2017年11月12日 (日)

認識する

 再び免許センターへ行ってきた。無事故無違反の場合は五年に一度出かければ済むのだが、どうしても行かなければならない理由が私にはあったからだ。その理由とは、免許証に載せられている顔写真が気に入らなかったからである。「エッ、そんなことで!」と言わずに聞いていただきたい。
 事の発端は、免許更新の際の写真撮影の時であった。撮影は二か所、大勢の人が並んでいた。私の番になり、カメラの前に座ってからの私と女性の係官の会話。係官「メガネを外してください。」私「エッ、今まで外したことはありません。」係官「メガネが光るので外してください。」私「今まで外して撮ったことはありません。角度を変えますからこのままで撮ってください。」係官「メガネが光るからダメなんです。」私「誰でもそうですか?」係官「・・・」これ以上問答を続けても無駄のようだし、大勢並んでいることを考え渋々眼鏡を外すと、係官「この写真が次の更新まで使われますからね」何を言ってるんだと思いながら、不機嫌な気分のまま写真撮影は終了。講習後に手に取った免許証の写真を見て唖然憮然!!そこに映っていたのは私ではなく、「無銭飲食をして捕まったみすぼらしい初老の男」であったからだ。係官が「次の更新まで・・」といったのは、不機嫌な顔の私を目にしたからだろうが、既に手遅れ。失意のまま私は免許センターを後にした・・・・が、どうしても納得いかない。小学3年から私を撮った写真は必ず眼鏡顔。半世紀以上もそれが「私」と周囲にも認識してもらっていたはずである。この先、身分証明のために免許証を差し出し、一々眼鏡を外すのかと思うと憂鬱であったが、事情を話し状況を理解してもらい、再度更新のためにセンターへ出かけたという次第であった。
 神様はどのようにして「私」を認識してくださっているのだろうか。「祈りを聞いてくださる神よ」(詩編65:3)と詩人が語っている。そうなのだ、祈りを通して神は「私」が「私」であることを知ってくださっている。「神様」と呼びかけたその時、「何があったのか?」と神様が聞いてくださっているとは、なんと幸いなことだろう。良きにつけ悪しきにつけ、これからも祈り続けていきたい。
 再度交付してもらった免許証には眼鏡を掛けた私の顔。「みすぼらしい初老の男」とみられないように目を大きく開け笑顔を作ったが、少しやり過ぎたかなぁ。

2017年11月 5日 (日)

争いから交わりへ

 二年程前、カトリック系のキリスト教用品店で赤色の聖壇布を購入した際、店員のシスターに尋ねられた、「赤はいつお使いになるのですか?」と。「主日ですとペンテコステと宗教改革日ですよね。それと・・」と言いかけた時、シスターに「宗教改革日って何ですか?」と聞き返され、思わず言葉を失った私。半世紀前に始まったルーテル教会とカトリック教会の対話から、2013年には共同の「争いから交わりへ」という文書が出されたことを、日本のルーテル教会全体が大きな喜びをもって迎えたように記憶している。そこには「2017年、ルーテル教会とカトリック教会は、宗教改革を共同で記念するという前例のない取り組みを、世界レベルでも地域レベルでも行おうとしています」というカトリックの大司教の推薦の辞さえ記されているのだが、その文書から数年たっても「宗教改革」という出来事は、カトリック内ではまだまだ周知されていなかったということだろう。あれから二年、2017年となった今年、あのお店のシスターにも「宗教改革日」を受け入れていただいているだろうか。
 11月23日、ルーテルとカトリック合同礼拝が行われる。エフェソ書には次のように記されている、「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、ご自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、(中略)両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました」(2:14?16)と。確かに聖書の言葉の実現をみることができる。しかしまた、この言葉が語られていたにも関わらず長い「争い」の歴史があり実現してこなかったということも事実である。もっと遡れば、この言葉が語られた時から地上で敵意が滅ぼされたことはなかったし、今も敵意を敢えて造ろうとする動きは絶えない。それでも私は11月23日の出来事を心から喜びたい。「立場が異なる者の間の分断が世界各地で広がるなか、和解への道はあり得ることを示す一筋の光のようだ」と先日の朝日新聞がこの行事を取り上げた記事の中にあった。その通りだと思う。キリストの出来事は、地上における和解の「始まり」であって「完成」ではないからだ。和解への一筋の光が、更に大きな光となることを祈るために、11月23日の合同礼拝に私は牧師として参列したいと思う。
 新聞の表題は「カトリック教会・ルーテル教会 共同で行事」とあったが、ルーテル教会を先にしてと願うことは、争いの種を蒔くだけか……この意見撤回!

2017年10月29日 (日)

リンゴの木

 中央分離帯にリンゴの木…北海道に居た頃、札幌に車で向かうと、東部から市内に入る。街並みが続く中、突然大きな通りの中央分離帯に、この季節になると赤く色付きたたわに実ったリンゴが目に入るようになる。最初、「中央分離帯に花ならわかるが、リンゴとは!!」と驚いたが、同時に「排気ガスを浴びたリンゴでは、取って食べようという気にはならない」と思ったものだった。リンゴが赤くなるためにアントシアンという色素が温度差の大きくなる頃に日光を浴びることが必要なのだが、あの中央分離帯は、寒冷地で日光を遮る建物が無いという環境にあり育つには十分なのだろう。ただし、排気ガスをたっぷり吸ったリンゴが美味しいかどうかは別問題だが!
 帯広教会の駐車場にも小さなリンゴの木があった。ある年、小さな実が一個なった。「今年はもぎたてリンゴが食べられるぞ」と楽しみにしていたが、梅の実ほどの大きさになってからは全く成長する様子もなく、その内に無くなってしまった。日が当たらない場所だったことが原因だろうが、リンゴの実も生(な)ってみたものの、「全く日が当たらない場所なんて!」と嫌気がさして成長を止めたのかもしれない。ともあれ、実をつけることがなかったリンゴの木は、数年後に駐車所から無くなった。
 「明日世界が滅亡しようとも、私は今日リンゴの木を植える。」ルター自身が本当に語ったかどうかは定かでないが、ルターの生涯を語るには、相応しい言葉であるには違いない。神が植えてくださったリンゴの木を「キリスト」と見立ててみよう。「その木にルターという実が実った。その実には福音(アントシアン)という実を熟させる要素が沢山入っていた。福音は日の光りのように降りそそぐ聖霊をいただいて力を発揮させていくが、殊にルターという実の福音は、ほかの実よりも聖霊の力をいただく働きに優れていた。福音の働きによってルターという実は見事に赤くなり、人々はこの実をいままでにない新しい実だと大いに喜び歓迎した。この実の種は杉次と引き継がれ、ついに世界の至る所で人々の心を潤すようになった。」私たちもまたルターの実から引き継がれた木から生まれた「リンゴの実」。聖霊の助けをいただき、私たちの中にある福音によって人生を豊かなものとしていきたい。
 食べたくないと思った中央分離帯のリンゴの木、その後どうなっているのだろう。札幌で働く息子に次に会ったら聞いてみよう。

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